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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2345号 判決 1977年1月17日

控訴人 野村証券株式会社

右代表者代表取締役 北裏喜一郎

右訴訟代理人弁護士 大橋光雄

被控訴人 平本知夫

右訴訟代理人弁護士 森英雄

同 宮本亨

同 武真琴

同 橋本欣也

主文

原判決を左のとおり変更する。被控訴人は控訴人に対し、金六八万〇、五八一円及びこれに対する昭和四七年三月一〇日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを八分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

この判決第二項は、控訴人において金二〇万円の担保を供するときは、かりに執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金五八九万九、二二五円及びこれに対する昭和四六年一二月二三日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠関係は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

被控訴代理人はその主張を次のとおり述べた。

本件ジャパンライン株式の信用取引委託については、控訴人と被控訴人との間にいわゆる売買一任勘定の特約があったものであり、売買一任勘定の取引を手仕舞するには株式の銘柄、数量、価格、時期の全部を明示する必要はなく、当該売買一任勘定の取引を特定して手仕舞する旨を告げれば足りると解すべきである。

かりに、右主張が認められないとしても、被控訴人が昭和四六年一一月二七日以降同年一二月九日までの間再三にわたり「やめろ」と発言した当時、被控訴人が信用取引をしていたのはジャパンラインの銘柄のみであり、その株価は被控訴人が売建てした後一週間ほどで約一・五倍も暴騰し、一一月二七日頃には追証の必要が発生していたけれども、被控訴人はかねてから保証金の範囲内でのみ取引する旨言明していたのであるから、このような状況の下でなされた被控訴人の右発言は、とりもなおさずジャパンラインの株式を全量、即時成行で決済すべき手仕舞指示と解すべきである。

しかも、一二月九日の時点においては、被控訴人は、その保管にかかる保証金預り証及び株券預り証を、その受領欄に捺印して、控訴人社員につき返し、これをもって損金の打切りとする宣言とともに「やめろ」の発言がなされており、ここに至っては手仕舞指示が確定的かつ最終的になされたものというべきである。もっとも、被控訴人は、同時に損金打切りの宣言をしているが、これは既述の保証金の範囲内でのみ信用取引を行う旨の言辞を言い換えたものであり、したがって、それは手仕舞指示の縁由に過ぎず、かつ手仕舞の結果生ずる損失があったとしても、これを無条件に負担することに異議があることを表示したものと解すべきであるから、根本の手仕舞指示が前述のとおり決定的になされている以上、控訴人において手仕舞指示の理由に不服があるとしても、これに従うべきものであって、右手仕舞指示に控訴人が異議を述べうる筋合いのものではない。

なお、ジャパンラインの株価は当時一日の変動においても相当大幅な値動きがあったことが認められるとしても、被控訴人から成行で即時決済すべき指示がある以上、可能な限り速やかに反対売買を行えば足りるものであるから、控訴人に不能を強いるものでなく、したがって控訴人が手仕舞を拒む理由とはなりえない。また手仕舞の結果若干の損失を生じるとしても、その責任の所在は右取引終了までの事情を基とし法律的に決定されるべきであるから、右損失負担につき控訴人と被控訴人との間に争いがあったとしても、それは手仕舞を拒絶する理由とはなりえない。

以上のとおりであるから、控訴人は被控訴人の一一月二七日の手仕舞指示により同日の終値または同月二九日寄付きの値段で反対売買すべきであり、そうすれば損金は保証金の範囲内にとどまった筈である。

かりに一二月九日はじめて手仕舞指示があったとしても、控訴人は同日終値または翌一〇日寄付きの値段で反対売買すべきであり、そうすればその損金は保証金の額を超えるが、被控訴人は一二月九日第一家庭電機新株一、〇〇〇株を右損金に充当すべくその預り証を控訴人社員に返還しているのであるから、これを右反対売買と同時に売却して損金に充当すれば、その不足額は僅かである。

なお、本件ジャパンライン株式の売建玉を昭和四六年一二月九日終値または同月一〇日寄付き値段で決済した場合の損金勘定は控訴人主張のとおり認める。

控訴代理人はその主張を次のとおり述べた。

本件ジャパンライン株式の信用取引委託はいわゆる売買一任勘定の取引委託ではなく、このことは控訴人の従来の主張、立証からしても明らかである。ジャパンライン株式の選定は被控訴人の意思決定によるものであり、その売建て及びその数、価格は被控訴人の指示によるものであって、売買一任勘定とする契約書面もない。

右のとおり、本件では売買一任勘定の合意はなく通常の委託取引であるから、建玉の手仕舞指示はその数量、価格、時期について明確になされるべきであるが、本件において被控訴人からこの点について明確な意思表示はなかったのである。この点について被控訴人は、昭和四六年一一月二七日以降同年一二月九日までの間再三、控訴人社員に対し「やめろ」と発言したと主張するが、「やめろ」という断定的表現はなく「やめたらどうか」という発言があったのみであり、しかも一二月九日には同時に損失打切り宣言がなされているのである。右のような「やめろ」とか「やめたらどうか」というような不明確な意思表示では、当時ジャパンラインの株式相場は極度に値動きの激しいときでもあり、控訴人がこれによって手仕舞することは不可能である。しかも、手仕舞するが損失負担は限定するというのでは控訴人としてこれを容れるに由ないのであって、以上のような手仕舞注文は株式取引上許されるはずがないものである。また、本件ジャパンライン株式の全量について確定的手仕舞指示があったとすれば、それは一回しかあり得ないのであり、被控訴人主張のように数回にわたり行われたこと自体が確定的指示でない証左である。なお、一二月九日預り証の返還があったとしても、被控訴人は後日右預り証の預り書を異議なく受領しているのであるから、それは同日被控訴人が手仕舞指示をした根拠にはならない。

本件ジャパンライン株式の信用取引による売建玉を昭和四六年一二月九日終値または同月一〇日寄付き値段で決済した場合の損金勘定は次のとおりである。まず一二月九日終値で決済する場合は、同日終値(一六八円)による決済損は合計金三七四万〇、三五七円であり、第一家庭電器新株一、〇〇〇株の同日終値(四九二円)による売却代金は金四八万一、五二〇円であるから、右決済損合計金から本件取引の委託保証金三一六万八、〇三一円と右第一家庭電器新株の売却代金を差引くと金九万〇、八〇六円である。次に一二月一〇日前場寄付きで決済する場合は、同日前場寄付き値段(一七八円)による決済額は合計金四三三万九、六八二円であり、第一家庭電器新株一、〇〇〇株の同日前場寄付き値段(五〇二円)による売却代金は金四九万一、〇七〇円であるから、右決済損合計金から前記委託保証金及び右第一家庭電器新株の売却代金を差引くと金六八万〇、五八一円となる。

≪証拠関係省略≫

理由

被控訴人が控訴人に対し株式の信用取引を委託し、昭和四六年一一月一九日ジャパンライン株式六万株を一株平均一〇九円五〇銭で売建てをしたことは当事者間に争いがないところ、被控訴人は右取引委託については売買一任勘定、すなわち取引する株式の売買の別、銘柄、数量及び価格の決定を控訴人に一任する旨の特約があった旨主張する。しかし、≪証拠省略≫中、右主張に符合する部分は後掲証拠と対比すると容易に信用できないし、他に右主張を認めるに足りる証拠はなく、かえって、≪証拠省略≫を総合すると、被控訴人は本件ジャパンライン株式の取引をする以前から控訴人に委託して株式の信用取引をしていたが、右信用取引についてはすべて控訴人社員(横須賀支店長)葛西邦雄から全面的に指導、助言を受け、右信用取引の売買の別、銘柄、数量及び価格等についても同人の指導と助言に従って決定されてはいたが、なおその最終的決定は被控訴人が自ら下していたことが認められるので、被控訴人の前記主張は採用できない。

ところで、被控訴人が前記のようにジャパンライン株式の売建てをした後、同月下旬頃からジャパンラインの株式相場は急騰し、被控訴人が控訴人に差入れていた委託保証金三一六万八、〇三一円では担保維持率二〇パーセントを割る情勢となったので、同月二九日控訴人は被控訴人に対し委託保証金の追加、いわゆる追証の差入れを要求したが、被控訴人より右追証の差入れがないので、控訴人は同年一二月一八日内容証明郵便をもって重ねて右追証の差入れを求め、もし右追証の差入れがない場合は同月二二日前場の寄付き値段でジャパンライン株式の前記売建玉を処分する旨の警告をしたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、控訴人は、被控訴人が追証を差入れないので、同月二二日前場寄付きで反対売買を執行し、その結果被控訴人のジャパンライン株式の信用取引の決済は金九〇六万七、二五八円の損金発生となり、被控訴人が差入れていた前記委託保証金をその弁済に充当しても、なお金五八九万九、二二五円の不足となることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

しかしながら、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

被控訴人は、前記のとおり控訴人社員葛西邦雄の指導、助言を受けて株式の信用取引を継続し、その銘柄の選定、数量、価格等についても同人の指導と助言に従って決定していたものであるが、かねてからすでに差入れてある委託保証金の範囲内で右信用取引をすることを希望し、葛西に対してもその旨申入れていた。

ジャパンラインの株式相場は、被控訴人がこれを売建てした後、漸次高騰し、右相場変動に基づく被控訴人の損金勘定も次第に多額になってきた。そこで、被控訴人は同月二四日頃から葛西に対しジャパンライン株式の取引を手仕舞によって解消し、損金の増大を防ぎたい意向を示したが、葛西の意見に従って右株式相場が値下りするのを待っていた。

しかし、その後も右株式相場は値下りの気配がなく、同月二九日頃には相場変動に基づく被控訴人の損金勘定は前記委託保証金の額とほゞ同額となり、控訴人から前記のように追証の差入れを要求されることになったのであるが、被控訴人としては、かねて葛西に対して委託保証金の範囲内で取引したいと申入れていたことや葛西の意見に従って手仕舞を延期しているうち前記のように損金勘定が増大したことから葛西に不信感を抱くようになり右追証の差入れの要求にも応じないでいた。

そして、同年一二月二日頃には、右損金勘定は委託保証金の額を大幅に超過するに至り、被控訴人は同日被控訴人方に来た葛西を問責し上司の同道を求めたので、翌三日葛西の直属課長である直井林一が葛西とともに被控訴人方を訪れたところ、被控訴人は前日と同様苦言を呈したうえ、委託保証金の範囲内で取引する旨申入れてあることを理由に追証の差入れを拒絶し、追証の差入れを求める控訴人側との話合いは物別れとなった。

ところが、さらに同月九日午後三時過頃前記直井課長が被控訴人方を訪れ、追証の差入れを重ねて要求するに至ったので、被控訴人は激昂し、同課長に対し本件ジャパンライン株式の取引関係を解消する旨(この日の被控訴人の発言は、当該信用取引を終了させることの可否につき単に意見を述べたものではなく、右取引を終了させる意思を表明したものと認められる)及び右取引決済に伴う損金弁済のため既に差入れてある委託保証金のほか被控訴人が控訴人に預けていた第一家庭電器新株一、〇〇〇株を差入れ、これによって弁済するもの以外には損金の負担、支払をしない旨述べ、右委託保証金の預り証及び第一家庭電器新株の預り証に通常取引の決済終了の場合なされる受領者欄の署名捺印をして、これを同課長に交付し、同課長はその際格別異議を述べることもなく右預り証二通を受領して帰った。もっとも、同課長は同日右預り証の預り書を作成したうえ葛西に命じてこれを被控訴人方に届けさせ、被控訴人はこれを受領した。

控訴人側では、本件ジャパンライン株式取引の決済の日時、方法等について九日及びその後も被控訴人の意向を打診したことはなく、前述のように内容証明郵便による警告を経て同月二二日ようやく右取引を反対売買によって決済した。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫なお、被控訴人は、昭和四六年一一月二七日及び二九日頃確定的に手仕舞指示をした旨主張し、≪証拠省略≫の一部に右主張に符合する部分があるが、他の供述部分と対比して措信し難く、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

右認定事実によると、被控訴人は昭和四六年一一月二四日頃から本件ジャパンライン株式の信用取引を手仕舞によって解消したい意向を示したこともあり、追証差入れが必要となっているのに同年一二月三日にはその差入れを拒絶し、遂に同月九日には右取引関係を解消する旨及び右取引決済に伴う損金弁済のため委託保証金のほか第一家庭電器新株を差入れる旨述べているのであるから、控訴人としては九日当日は時刻が遅いので無理であるとしても、遅くとも翌一〇日前場寄付きで本件ジャパンラインの株式全部を反対売買によって手仕舞するとともに、右手仕舞に伴う損金の支払いにあてるため第一家庭電器新株一、〇〇〇株を同日前場寄付き価格で処分し、委託保証金とあわせてその損金の支払いにあてるべきであったといわなければならない。もっとも、被控訴人は同時に委託保証金及び第一家庭電器新株によって弁済するもの以外には損金の負担、支払いをしない旨述べているわけであるけれども、かゝる一方的宣言によって当然に被控訴人の損金負担額が限定される理由はなく、それは被控訴人と葛西との間の従来の取引の内容、経過からみて本件取引の決済に伴う損金のうち被控訴人の承認する以上のものについてはその負担、支払いに異議があり、その負担、支払いを免除すべきであるとする被控訴人の主張を述べたものと解され、同人に右の負担が生ずるならば取引を終了させない趣旨であったとは認められないから、控訴人としてはかゝる一方的宣言があったからといって、本件取引の決済を遷延すべき理由はないというべきである。また、被控訴人は一二月九日直井課長に手仕舞すべき日時、方法、数量等を明示する手仕舞指示をしていないけれども、前記認定の経過からすれば、それは本件ジャパンライン株式の全量を即時、成行きで反対売買により決済することを内容とするものであることは明らかであり、もしこの点につき疑問があれば、被控訴人と控訴人とくに葛西との従来の取引状況から考えて、むしろ控訴人側で被控訴人の意向を打診すべきであるのにこれをしないで、明確な手仕舞指示がないとして漫然手仕舞を遷延することは許されないというべきである。なお直井課長は一二月九日当日受取って帰った預り証二通の預り書を被控訴人方に届けさせ、被控訴人はこれを受領しているけれども、それだけでは被控訴人が手仕舞の遅延を承認したことにはならないし、他に手仕舞を見合わせるべき特別の事情を認めるに足りる証拠はない。

以上のとおりであるから、被控訴人は控訴人に対し、控訴人が昭和四六年一二月二二日にした手仕舞による損金のうち、同月一〇日前場寄付きで決済する場合の決済損金から委託保証金及び即日前場寄付き値段による第一家庭電器新株一、〇〇〇株の処分価額を差引いた金額についてはその支払義務があるが、これを超える部分については支払義務がないというべきである。そして、本件ジャパンライン株式の同日前場寄付き値段(一七八円)での反対売買による決済損は合計金四三三万九、六八二円であり、第一家庭電器新株一、〇〇〇株の同日前場寄付き値段による売却代金は金四九万一、〇七〇円であって、右決済損合計金から委託保証金三一六万八、〇三一円及び右第一家庭電器新株の売却代金を差引くと金六八万〇、五八一円となることは当事者間に争いがない。

したがって、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し金六八万〇、五八一円及びこれに対する本件訴状が被控訴人に送達された日の翌日であること記録上明白な昭和四七年三月一〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度においては正当として認容すべきであるが、その余の請求は失当であるから棄却すべきである。

よって、右と異る原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 外山四郎 裁判官 篠原幾馬 小田原満知子)

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